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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)41号 決定

抗告人 小出利男 外一名

相手方 株式会社静岡相互銀行

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

抗告人ら代理人は、「相手方より抗告人らにかかる静岡地方裁判所浜松支部昭和三一年(ケ)第一一一号不動産競売事件につき同裁判所が昭和三二年一月二一日言い渡した競落許可決定を取り消す。」との裁判を求め、その理由として、

(一)  相手方は、抗告人小出利男は、昭和三〇年九月二六日相手方に対し、同抗告人が相手方に対し負担する無尽給付金掛返金債務、相互掛金給付金債務、資金の貸付または手形の割引およびその他相互銀行法第二条第一項に基き生じた一切の金銭債務に対し元本極度を金二百万円と定め本件競売の目的不動産中同抗告人の所有にかかる物件につき根抵当権を設定した、となし、また同日相手方経営の無尽太洋第九号金一〇万円口浜第四〇七組一ないし一五号に加入し、同日第一回に落札し、金一五〇万円の給付を受けたので、約款に従い金二三〇万千円を、昭和三〇年一〇月から昭和三五年八月まで五九回に毎月一回二六日限り金三万九千円宛分割して支払うべく、右支払を遅滞したときはその期日の翌日から日歩五銭の割合による損害金を附加することとし、また二回以上右支払を怠つたときは割賦弁済の約定は当然解除となり、未払掛金全部を一時に支払うべき旨約したところ、昭和三一年一月以降の支払をなさず、また同日相手方との間に締結した手形取引契約に基き相手方に対し金五〇万円の約束手形金債務を負担している、となし、右根抵当権の実行として昭和三一年一〇月九日静岡地方裁判所浜松支部に対し競売の申立をなし、同日競売手続開始決定がなされ、右手続においてついに昭和三二年一月二一日最高価競買人浜名林産株式会社に対し競落許可決定が言い渡された。

(二)  しかしながら、右根抵当権設定契約、手形取引契約ならびに無尽の加入およびその無尽掛金弁済に関する契約は、すべて抗告人小出利男の父であつてその親権者である抗告人小出利徳がなしたものであるところ、当時利徳は、相手方に対し金一四四万三千円の保証債務(主債務者は万邦自動車商工株式会社)および金六六万三千円の保証債務(主債務者は大橋三尾)を負担していて、相手方から利徳所有の不動産に対し強制競売の申立を受けていたので、相手方と協議の上、右保証債務を抗告人利男に肩代りさせる目的をもつて前示各契約を締結し、これが無尽給付金一五〇万円はあげて抗告人利徳の右債務の弁済に充当したこととしたのであつて、すなわち(イ)これら契約は、すべて抗告人利男とその親権者である抗告人利徳との利益相い反する行為であるのにかかわらず、抗告人利徳は抗告人利男のため特別代理人を選任することなくして抗告人利男を代理してしたのであるから、当然無効であるというべく、仮りに当然無効でないとしても、抗告人利男は、昭和三一年一一月二一日相手方に対し右事実を理由として取消の意思表示をしたので、これら契約は、当初にさかのぼり無効となつた、(ロ)仮りにそうでないとしても、本件競売申立の基本債権である無尽給付金は、抗告人利男との間においては何ら授受がなかつたのであるから、同抗告人はこれが掛金を弁済する義務がない、以上いずれの点からしても、本件競売手続は違法であるので、これに基きなされた原決定の取消を求める。

と陳述し、

相手方代理人は、「本件抗告を棄却する。」との決定を求め、答弁として、

抗告人らの主張事実中、(一)の事実は認める、(二)の事実中、本件根抵当権設定契約、手形取引契約ならびに無尽の加入およびその無尽掛金弁済に関する契約に、抗告人利徳が抗告人利男の親権者として関与したこと、および当時抗告人利徳は相手方に対し合計金二一〇万六千円(後利徳の懇請によりこれを一六五万円に減額した。)の保証債務を負担していたこと、および抗告人利男からその主張のような取消の意思表示のあつたことは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。これらの契約の締結は、決して抗告人ら主張のように利益相反行為でなく、また本件無尽給付金の授受も昭和三〇年九月三〇日なされたものである。なお本件競売申立の基本債権は右無尽掛金ばかりでなく、金五〇万円の約束手形金債権も含んでいるのであつて、抗告人利男は、右手形による借入金をもつて高橋宇吉に対する債務の弁済にあてているのであるから、抗告人らの主張はすべて理由がない。

と陳述した。

証拠として、

相手方代理人は、甲第一ないし第六号証を提出し、当審証人原田義治、足立数夫の証言を援用し、乙第一号証が真正に成立したかどうかは知らない、その余の乙号各証の成立は認める、と述べ、

抗告人ら代理人は、乙第一号証、第二、第三号証の各一、二、第四号証、第五、第六号証の各一、二を提出し、当審証人鈴木星王丸、大橋三尾の証言、抗告人小出利徳の当審における供述を援用し、甲号各証の成立を認める、と述べた。

右に対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

抗告人ら主張の(一)の事実は当事者間に争ない。

抗告人らは、まず、本件競売申立の基本となつた根抵当権設定契約およびこれに附随する手形取引契約、無尽の加入ならびにこれが無尽掛金弁済契約は、抗告人利男とその親権者である抗告人利徳の利益相い反する行為であるところ、抗告人利徳は、抗告人利男のため特別代理人を選任することなくして、自ら抗告人利男を代理してなしたものであるから、当然無効であるか、少くとも抗告人利男のなした取消の意思表示により無効となつた、と主張する。しかしながら、成立に争ない甲第一ないし第五号証によれば、これら契約の締結、右契約に基く約束手形の振出、本件無尽給付金の受領については、抗告人利男の親権者として、抗告人利徳のほか抗告人利男の毋小出としも関与しているのであつて、従つてこれらの行為が仮りに抗告人ら主張のように、抗告人利男と抗告人利徳の利益相反行為であるとしても、親権の行使から除斥されるのは抗告人利徳だけであつて、抗告人利男と利益の衝突しない他の親権者である小出としは除斥されることがないから、単独で親権を行使することができるものというべく、従つて特別代理人を選任する必要は少しもなく、同人がその親権の行使として抗告人利男を代理してなした本件各行為は有効であつて、たまたま除斥さるべき抗告人利徳が関与しているからといつてその効力を否定すべき限りではない。これは民法第八一八条三項の趣旨からもうかがい知ることができるのであつて、同法第八二六条一項は、利益衝突による親権者の親権制限の結果当該事項に関し親権者なきにいたる通常の場合を著眼して立言したまでであつて、一方の親権者の親権が制限されても他方の親権者が親権を行使しうる場合にまでも特別代理人の選任を要するものとする趣旨でないと解するを相当とする。もつとも本件においては、小出としは当初かかる事実を少しも知らず、後日抗告人利徳から告げられてはじめてこれを知り、止むを得ずこれを承認したものであることは、当審における抗告人小出利徳本人の供述によりこれを認めることができるけれども、いやしくもこれを承認した以上、前示の帰結に何ら影響を及ぼすものでないというべきである。

さらに前記甲号各証ならびに成立に争ない甲第六号証および当審証人原田義治、足立数夫の証言を総合すれば、当時相手方は、抗告人利徳に対し合計金二一〇万六千円の保証契約上の債権をもつていて、同抗告人所有の山林に対し強制競売の手続に及んでいたところ、同抗告人の懇請により、右保証債務の額を金一六五万円に減額し、内金一五万円は現金をもつて、内金一五〇万円は抗告人利男が相手方経営の無尽に加入し、その給付金をもつて、その弁済にあてることに話がまとまり、その結果本件各契約ならびにこれに基く取引がなされたのであつて、無尽給付金一五〇万円は一たん相手方から抗告人利男に渡され、さらに同人から抗告人利徳の債務弁済金として相手方に交付されるべき筈のところ、関係者合意の上、授受を省略して給付ならびに弁済があつたこととして処理したのであり、また抗告人利男が根抵当権を設定すべき不動産(本件競売の目的不動産中、抗告人利男所有の不動産)には高橋宇吉のためすでに抵当権が設定してあつたので、右抵当債務弁済の資金を調達するため、抗告人利男は、相手方から金五〇万円の手形貸付を受けこれをもつて右債務の弁済にあてて右抵当権を抹消した上相手方に対し本件根抵当権を設定した事実が認められるのであつて、右認定に反する当審における証人鈴木星王丸ならびに抗告人利徳本人の供述は信用することができず、その他抗告人らの提出援用にかかるすべての証拠によるも右認定を左右することができない。そして右認定事実によれば、これらの行為は、あるいは親権者である抗告人利徳の利己的動機に出た代表行為であるということができるかも知れないけれども、それだからといつてこれを民法第八二六条にいわゆる利益相反行為であるということができず、また無尽給付金について何ら授受がなかつたということもできないのであつて、従つて抗告人らの抗告理由は、前段説示の共同親権の場合における当裁判所の見解の当否いかんをとわず理由がないものといわなければならぬ。

その他記録を精査するも原決定取消の事由となすに足る違法の点を発見することができないので、抗告人らの抗告を理由なしとし、主文のとおり決定した。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 吉田豊)

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